大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(う)2008号 判決

被告人 久保谷博

〔抄 録〕

原審で取り調べられた関係各証拠によれば、被告人は原判決が説示しているとおり、中学三年生のときに全身けいれん発作を起こし、翌年受診の際てんかんと診断され、約一年半通院して投薬を受けていたが、昭和四三年九月ころ再びてんかん発作に見舞われ、その後一か月に数回の大発作に陥り、昭和四五年職業訓練所で訓練を受けていた際大発作を起こし、以後頻繁に発作に見舞われ、昭和四六年ころ以降は大発作に陥った後もうろう状態を呈するようになったので、同年四月から昭和四七年一月まで入院して治療を受け、退院後も定期的に通院加療していたため、発作の回数は減少したけれども、依然として、てんかん患者特有の症状ないし徴候を示していたことが明らかで、このことと原審で取り調べられた保崎秀夫作成の鑑定書並びに当審で取り調べた詫摩武元作成の鑑定書及び証人詫摩武元の当公判廷における供述とを総合すると、被告人は、前記殺人未遂行為の当時、てんかんを基盤とする発作的な、激しい意識障害を伴う興奮状態、あるいは、てんかんに起因する、意識障害を伴う、不機嫌発作の状態、もしくは、不機嫌発作からもうろう状態へ移行しつつある状態に陥っており、このため、是非善悪を弁別する能力又は右弁別に従って行動する能力が全く欠如していたかも知れないという合理的疑惑が生じ、原判決が説示しているような事情、すなわち、被告人は昭和四九年一一月ころ大発作を起こしてから後本件犯行のときまでの間に大発作やもうろう状態に陥ったことがないこと、本件犯行当日被告人は頭痛に悩んでいたが、それも午後一〇時ころには軽快し、その後は比較的落ち着いた言動を示し、本件犯行の数分前までの段階ではさしたる不機嫌状態にはなかったこと、及び本件犯行後被告人は呆然と立ちすくんでいたのみで特に異常な言動はなく、間もなくその場に駈け付けた警察官に対し、自分が刺したと述べ静かに逮捕に応じ、その後捜査官や精神鑑定に当たった者に対し本件犯行の状況やその動機を比較的詳細に供述しているが、それによると、被告人は実父久保谷勝四郎とは平素から意見が合わなかったところ、本件犯行当日同人から口うるさく、しつように叱責非難されたので、憤激の余り同人を殺してしまおうと思うに至ったとのことであることや、原審で取り調べられた安藤守昭作成の鑑定書及び証人安藤守昭の原審公判廷における供述をもってしても、被告人が本件犯行当時是非善悪を弁別する能力及び右弁別に従って行動する能力を外少なりとも持ち合わせていたかも知れないといい得るが、前記合理的疑惑を克服して、そうだと断定するまでには至らず、他に、被告人が本件犯行当時、以上の能力を二つとも、多少なりとも備えていたことを認定するに足る資料はない。従って、被告人は本件犯行の際心神喪失の状態にはなかったと認定することはできない道理であるから、被告人は本件犯行の当時心神耗弱の状態にはあったけれども、心神喪失の状態にはなかったと認定した原判決は、その点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ず、論旨は理由がある。

(寺尾 山本 田尾)

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